そう、私はここに戻って来ました。初めは地上に降りるつもりはなかったのですが、緑なす大地を軌道の高みから見下ろしたとき、はるか以前、もう七年も前に別れた少年の印象的な瞳を思いだして、気がつけばここに立っていました。
もちろん、私はとっくに知っていました。
今、この惑星に私の知っている人間はほとんどいないだろうということを。私がたった七年を過ごしている間に、この惑星は八十年近い年月を過ごしているということを。
親愛なるアルバート、はじめてあなたの描いた宇宙に触れた瞬間の衝撃は、私にはあまりに強すぎるものでした。
私が二十歳になったとき、彼の想いに応えられるようになったとき、彼はもう九十歳を越える歳を迎えているという事実──それも、彼が生きていたら、という話なのですから。
これほど残酷なことが他にあるでしょうか?
夏色の日々にかわした想い、心通わせた黄金色の午後は、時の河に隔てられてはるか遠く流れ去ってしまった──ただ、私ひとりを岸辺に置き去りにして……。
私たちは人類が住むすべての惑星を買い取ることができるほどの富を持っているのに、ほんの少しでも時の流れを遡ることはできないと言うのですか?
私たちは人類全ての価値をはるかに凌ぐ富を有しているのに、あなたが何百年も昔に設定した限界点を一ミリたりとも越えることができないのですか?
どれほどの富を得ようとも決して得られないもの、時間を飛び越えることはできても決して遡ることはできないということ──たぶん、それが私たちの支払った代償なのでしょう。 私は地表に降りてみて、でもすぐに少年を捜すのは止めました。
彼がもう生きていないと知ることはつらすぎるし、といって死を間近にした老人に逢えたとして、私は何を答えればいいのでしょう?
昔は私たちも若かったね、と?
あれが初恋だったのです、と?
最初で最後の恋でした、と?
でも、よく考えてみれば、実はそんなことは些細な事だと気がつきました。
私が本当に恐れているのは、ありえないと思いながら、けれど心のどこかで恐れているのは、深い緑の瞳を持った少年が、今でも私を待ち続けているという可能性です。
私の七年と、彼の八十年。
もしも私がそんな少年に逢うことがあれば──私はどうすればよいのでしょう?
また答えを告げずに、そのまま「暁の乙女」へ戻ればよいのでしょうか?
未来永劫、その想いを十字架にして、星々の荒野を渡り歩けばよいのでしょうか?
今、私は緑の丘に腰をおろして、午後の木漏れ日を感じながら、この手紙を書いています。
ずっと遠く、七年前とは較べものにならないほど大きな都市が、青空を背景にして誇らかにそそり立っているのが見えています。
今、丘の向こうから歩いてくる連絡艇の乗員の姿が見えました。
きっと私を迎えに来たのでしょう。
もうすぐ、私は行かなければなりません。
この手紙はここへおいて行きます。
いつの日か、あなたがこの手紙を読んでくれることを信じて。
そしていつの日か、あなたが答えてくれることを信じて。
親愛なるアルバート・アインシュタイン
あなたは数百年前、今日のような悲しい午後が来ることを知っていたのでしょうか?
全てを知っていて、それでもあなたは神に選択の余地があったというのでしょうか?
親愛なるアルバート・アインシュタイン
いつの日か、人は時の河を遡ることができるのでしょうか?
いつの日か、人は光速を超えることができるのでしょうか?
親愛なるアルバート・アインシュタイン
いつの日か、私は答えることができるのでしょうか?
いつの日か、私たちは答えることができるのでしょうか?
親愛なるアルバート・アインシュタイン
いつの日か、私たちは──
いつの日か──
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