《帝国という統治システム》

<帝国>
 帝国には二種類の意味がある。ひとつは、「帝国主義」等に代表されるように、国家形態に関わりなく覇権主義的な拡大路線を志向する国家を指す場合。もうひとつは、皇帝などと称される世襲権力者による専制政体を有する国家を指す場合である。前者の代表としては<月=地球系共同体>があり、後者の代表としては5205年に成立した<帝国>が挙げられるだろう。

帝国概説
【帝国史】
 初代皇帝より三代皇帝までの治世において帝国の基本的な統治形態が成立した。この時期を帝国初期と呼ぶ。以降、第九代スネメ女帝の死までを中期、女帝の死後分裂した帝国が完全に崩壊するまでの七千年を後期と呼ぶ。
 帝国は第九代のスネメ女帝の死後に分裂したが、帝国そのものにとってそれはさしたる大事ではなかった。むしろ、分裂後の混乱から力強く再生した帝国は数千年にわたる絶頂期を迎えることになる。人類による最後の統一政体であった帝国は、八千年近い年月にわたり人類を支え続けた。

【帝国市民】
 西暦4889年の「ヌルの発見」と、それに続く凄まじい混乱の数世紀に終止符を打った帝国に対して、市民はおおむね好意的であった。しかし、汎人類連邦の(七百年に満たないながらも)輝きに満ちた統治を人々は忘れたことはなかった。そのために人々は民主主義というシステムそのものを否定することは出来なかった。帝国の力強い庇護のもとにあってすら、人々は民主主義を求めたのである。帝国の政体が多分に議会制民主主義の諸要素を採り入れたのは、こうした市民感情が背景にあった。
 帝国の統治が始まった西暦5205年(帝国歴1年)、市民権保有者は指数的にしか表現し得ないほどに膨大だった。帝国の統治領域は銀河そのものに匹敵する規模にまで拡大していた。広大な世界に無数の人間が存在するとき、そこには差が生まれるのは自明の理である。
 よって帝国は、帝国市民について帝国憲法に次のように規定した。

“以下の条件全てを満たす種族(民族・系統)に所属する者を帝国市民と認める。
1/生物種としてのヒトの遺伝子を継承している。(細則および特例条項は別法による)
2/自己が知的生命体である事実を何らかの方法で他者に伝達しうる能力を持つ。(同上)
3/帝国憲法ならびに帝国諸法の定めるところを理解する能力を持つ。(同上)
4/帝国に参加する意志を持ち、義務と権利を放棄しないことを確約する。(同上)”

 帝国には上記条件を完全には満たさず、故に帝国市民として認められない者も存在した。
 例えば、外見はほとんど原初的な人間の形態であるにも関わらず、帝国法を理解し得ず、あらゆる他者を食料とみなす種族。あるいは高度の知性を有しながら、哲学的な夢想に捕らわれて外界との接触を断つ種族などである。
 こうした人間を、帝国は存在すること自体は許容した。しかし、こうした種族は帝国市民とは認められず、よってこうした存在を帝国では保護対象とみなしたのである。
 しかしこれとは全く逆に、外見はまったく人間ではないにも関わらず帝国市民として認められる存在も多くいた。例えば、水素を呼吸する形態に自己を改造した種族、個人という概念を喪失して統合精神を持つに至った種族、一個人の肉体が七千トン近い種族、海洋生物に回帰した種族、機械生命となった種族などである。
 こうした市民規定の例外として、帝国の名誉ある成員と見なされた存在もある。例えば、<ヌル>がそうであり、あるいは磁性帯の中に一条の電波として存在する種族なども同様である。
 この時代には未だ地球起源でない知性体は発見されていなかったが、人間同士であっても意思の疎通すら困難な種族が多数存在していたことは特筆に値しよう。
 「人間とはなにか?」
 この時代、この問いの答を知る人間は無かった。過去もまたそうであったように。

【帝国の統治思想】
 <帝国>は成立直後こそ軍事独裁の性格を多分に有する軍事国家だったが、初代皇帝以来、成文憲法を有する立憲帝政を理想として政体の改革を進め、三代皇帝の時代に、以後13000年代まで続くことになる帝国の骨格が出来上がった。
 帝国は全ての有人・無人星系を統治する政体であるために、膨大な市民権保持者と広大無比な領土とを抱え、民主主義は安定的な統治には不適当であると判断された。そこで、権力を集中し、即断即決が可能な専制君主のもとに中央集権的な政体を築くこととした。
 しかしながら、民主主義は考え得る限り最上であるとの考えが帝国市民の思想的バックボーンであり、民意を反映させない政体は脆弱なものとなると考えた歴代皇帝とその顧問官たちは、三つの議会を用意し、それぞれが補完しあい、また牽制し合う分立的な立憲帝政を模索し、三代皇帝の時代にそれを確立した。


1、帝国の議会制度
 帝国は三つの議会を有する。すなわち、<枢密院><元老院><議院(帝国議会)>で、「帝国三院」と通称される。枢密院は帝権を、元老院は行政を、議院は民意を、それぞれ反映させ、司る。

<枢密院>
 帝権を保障し、行政・軍事全般について皇帝の諮問に応え、皇帝を補弼する機関。
 皇族・貴族(一代及び永代より無作為抽出)、元老院の任命する有識者、皇帝の任命する市民、それぞれ三分の一ずつからなる。彼らは総じて枢密院議官と呼ばれる。
 枢密院は皇帝に対して、勅令を保障し、助言輔弼を与える権能を持つ。元老院に対しては、元老院の議院に対する拒否権を保障し、行政監査を行う権能を持つ。議院に対しては、立法権を保障し、違憲立法審査を行う権能を持つ。
 軍に対しては、皇帝の統帥権を保障し、補佐する権能を持つ。

<元老院>
 行政の安定と継続性の確保を目的に、国家の元老より構成される行政・軍政の最高機関。
 軍選出、官僚選出、議院選出、皇帝任命、それぞれ四分の一ずつからなる。彼らは総じて元老院議官と呼ばれる。
 元老院は皇帝に対して、皇帝の行政命令を保障し、助言補弼を与える権能を持つ。議院に対しては、提議権と拒否権(解散権)を持つ。枢密院に対しては、枢密院議官の三分の一を任命する権能を持つ。
 軍に対しては、平時の軍政について皇帝の統帥権を代行する権能を持つ。

<議院(帝国議会)>
 全帝国市民の民意を国政に反映させ、また立法を行う為の機関。
 星系単位の行政区より一人が選出され議員となる。選出方法は基本的に当該行政区市民の自由だが、選挙による選出が最も一般的。
 議員を選出し帝国議会へ送ることは、帝国市民の基本的権利のひとつでもある。
 帝国議会は、しかしその議員の多さ故に審議は非常に遅々としたものに成らざるを得ない。その為、国権の最高機関であるにも関わらず立法のみに権能が制限され、また緊急避難的措置として<元老院行政命令><皇帝行政命令><皇帝勅令>が用意されている。こうした行政命令や勅令は、三年以内(勅令は五年以内)に議院で承認・立法化されなければ無効となる。
 議院は元老院に対して、行政命令を承認・立法化し、行政監査を行い、元老院議官の四分の一を任命する権能を持つ。枢密院に対しては、勅令と皇帝行政命令を承認・立法化する権能を持ち、貴族裁判権をも有する。また皇帝に対して、即位の承認を行う権能を有する。


2、皇帝という仕組みと皇帝の権能
 <皇帝>は世襲されるものの、即位には議院の承認が必要である。しかし、現実に承認されなかった例はない。
 過去に存在したいかなる王朝と比較しても、帝位の継承といった側面で特筆すべき事柄は少ないが、ただひとつだけ特徴的と思われる点は、皇位の継承が末子相続という形をとっていたことである。末子は男女に関わりなく帝位継承権者となる。医学的な処置により皇統に属する者(あるいは中央の出身者)が長命であった為にこうした継承方法が採られたと考えられている。
 皇帝は<皇帝特権>と呼ばれる九つの権限を有しており、帝国の国政全般に対して三院とともに責任を担う。

<皇帝特権>
@、行政命令
 皇帝もしくは元老院より発せられる命令。帝国の行政機構に対して行使される各種命令の総称。三年以内に議院において承認・立法化されなければ無効となる。
A、勅令
 皇帝のみが発する命令。帝国の行政・司法・軍事機構に対して行使される命令の総称。五年以内に議院において承認・立法化されなければ無効となる。
B、直接投票発動権
 全帝国市民に対して直接投票を求め、議院を経ることなく勅令を立法化するように求めることができる特権。
C、三分の一・四分の一任命権
 元老院、枢密院の議官のそれぞれ三分の一、四分の一を任命する特権。
D、不逮捕特権、及び同権の付与権
 皇帝は不逮捕特権を有する。また、皇帝は憲法の規定に従い一定期間特定の市民に不逮捕特権を付与する権能を有する。不逮捕特権は主として顧問官に与えることが多かった。
E、護民権
 裁判権と同義。行政区裁判所を除き、あらゆる裁判判決は枢密院の助言と補弼により、皇帝の名で示され、執行された。
F、発議権
 議院に立法の発議を行い、審議を求める特権。
G、爵位付与権、並びに爵位継承の承認権
 論功行賞をおこない、一代爵位もしくは永代爵位を与える権限。爵位の継承には枢密院と皇帝の承認を必要とする。
G、統帥権
 軍を指揮する権限。帝権は統帥権(軍権)と密接不可分であると考えられたことから、軍政以外の軍事(及び有事)には皇帝が指揮権を発動し、枢密院がこれを補佐した。
H顧問任免権
 皇帝に対してのみ責任を負い皇帝に助言をおこなうのが顧問官であり、彼らを任免する唯一の法的権限。


3、貴族という階級
 帝国には貴族と呼ばれる特権階級が存在する。彼らは帝国成立時の功労者の子孫であり、永代貴族である。ただし、彼らの特権は枢密院に議席を得られる可能性を持つことと、星区・星系の領有を認められていることのみである。しかも、領有とはいえ、あくまでも私有ではなく、一種の尊称と考えるのが妥当かもしれない。永代貴族でない貴族、つまり一代貴族も存在する。帝国ならびに帝国市民に対して大きな功績があると認められた場合、一代限りの爵位が与えられ、一代貴族となる。永代貴族との差は世襲ができない一事のみである。


4、帝国の行政区分
 帝国は、皇帝領・属州・私領からなる。
 皇帝領は文字通り皇帝の直轄地であり、帝室に縁のある星系など、特殊な地域がこれに該当する。
 私領は諸侯と称される上位貴族の領地であり、星区を最小単位とする。ただし、私領とは言え、私有しているわけではない。権限の小ささからいえば、尊称と考えるのが妥当。
 皇帝領・私領のいずれにも該当しない地域は、属州と呼ばれ、帝国全土の96%を占めている。属州はさらに、太守管区・自治星区・自治星系・封土に分類される。太守管区は帝国行政の最小単位である行政区(星区単位)に分類される。封土は一代貴族に対して与えられた領土であり、この最小単位は星系である。無論、私領と同様に私有ではない。自治星区・星系は難治の地に対して元老院が自治権を与えた星区・星系を言う。自治権の幅は元老院の判断により異なる。


5、帝国の司法制度
 帝国の司法制度は独特である。
 民事・刑事いずれの場合も、まず当該の行政区裁判所が市民の付託に応えて審理し判決を下す。判決に不服がある際は控訴することになるが、民事の場合、まず星区法院、次に高等法院、最終的に帝国大法院まで控訴することが出来る。刑事の場合、帝国大法院判決に不服の場合は御前裁判(皇帝裁定)に持ち込むこともできる。星区法院以降の判決は、全て皇帝の名で出されるのが慣例である。民事・刑事いずれの場合も皇帝への直訴は完全に保障された権利であるが、直訴を行った場合、上級審を飛ばして皇帝裁定へ移行することになる点は注意すべきである。
 軍に関係する事案の場合、まず査問会議、次に軍法会議、次に帝国大法院軍事法廷へと至り、最終的に御前裁判(皇帝裁定)へと至る。
 貴族に関する事案は、まず元老院、次に議院が審理を行い、最終的に皇帝裁定へと至る。
 行政(弾劾)の場合、まず枢密院が審理し、控訴すれば議院が、最終的に皇帝裁定へと至る。
 立法(違憲立法審査)の場合、まず元老院、次に枢密院が審理を行い、最終的に皇帝裁定へと至る。
 帝国司法の特徴は、民事を除く全ての裁きが最終的に御前裁判まで控訴可能という点にあり、あらゆる市民に皇帝への直訴権が保障されていることにある。


6、帝国軍の仕組みと実力
 帝国軍は、宇宙軍、近衛軍、防衛軍から構成され、この三軍の上に統合司令部が形成されている。
<統合司令部>
 軍の最高意志決定機関。独自の情報部門を持つ。
<宇宙軍>
 宇宙艦隊(宇宙戦力)、惑星強襲部隊(地上戦力)、戦域防衛部隊(宇宙戦力・地上戦力)、情報・技術部門、司令部からなる。
<近衛軍>
 皇帝の警護を主要な任務とする。独自の艦隊、地上戦力、情報部門を有している。
<防衛軍>
 星区単位に駐留し、拠点防衛ならびに帝国の国防・治安維持にもあたる。
 当初は宇宙軍と統合すべきとの議論もあったものの、帝国が分裂して以降は防衛軍の比重もまた大きくなることになった。

 帝国軍は人類史上最大規模の軍事組織であることはまちがいない。しかしながら、帝国の広大さと市民権者の膨大さを思うとき、相当程度圧縮された小規模の軍隊であるという感を持つだろう。軍事組織とは単に存在し続けるだけで予算を食いつぶす存在であり、いかな帝国とても、経済や財政という魔物を制御するのは至難の業であったからだ。

防衛軍及び宇宙軍地上戦力の軍事作戦単位(帝国中期)
 軍 :19660800人(12個軍団)
 軍団:1638400人(8個師団)
 師団:204800人(32個旅団)
 旅団:6400人(40個中隊10個大隊)
 連隊:1280人(8個中隊2個大隊)
 大隊:640人(4個中隊)
 中隊:160人(4個小隊)
 小隊:40人(名称のみ)

帝国軍総人員(宇宙軍・近衛軍・防衛軍の総計/帝国中期)
 宇宙軍:二十六軍/約五億二千万人(宇宙戦力)、十軍/約二億人(地上戦力)、約三十八万人(情報・技術部門・その他)
 近衛軍:五軍/約一億人(宇宙戦力、地上戦力)、約二十万人(情報部門・その他)
 防衛軍:四百四十九軍/約八十九億八千万人、約二百六十万人(その他)
 帝国軍総人員:9335180000人(統合司令部を含まない)

 注:宇宙戦力における人員が少ないと思われるかもしれない。しかし、高度に発展した宇宙軍の艦艇にはそれほど膨大な人員を割く必要性がなかったのである。また、光速度の壁を突破して以降、戦略拠点への艦隊配置にそれほどの配慮が必要なくなった。つまり、機動力の増大は、必要とする戦域への宇宙軍の即時投入を可能にしてしまったのである。ただし、帝国の分裂以降、宇宙軍が大幅に増強されたことは特筆に値する事実だろう。現有戦力が必要を大幅に越えている場合でさえ、相互の軍拡競争は加速するという、人間性の変化がないことについての証左とも考えられるからである。