◎ファンタジー小説の部屋◎

ここでは、ファンタジー小説に分類される(と、塩野が思う)本の中から、

塩野泉のお気に入りを紹介します。

 


『指輪物語』

J・R・R・トールキン/瀬田貞二(田中明子)訳/評論社

 はっきり断言してしまいましょう。
 もしも、「私はファンタジー小説が好き」という人に会って、その人が『指輪物語』を読んでいなければ、その人は「ファンタジー小説好き」ではない!
 同様のことは『ゲド戦記』『ナルニア〜』についても言えるけれど、『指輪物語』は完全に別格扱いでも差し支えないと思います。

 塩野が『指輪物語』にハマったのはいつだったか、もう想い出すことも出来ないほど昔のことだけれど、それ以来ずっとこの本を手放すことが出来ないでいます。

 この本を読んだことのない方には、まず『ホビットの冒険』をお読みになることをお薦めします。なぜなら、この『ホビットの冒険』こそ『指輪物語』の「指輪」の由来を語っている本だからです。
 『ホビットの冒険』では脇役、いや小道具のひとつだった「指輪」が『指輪物語』では主題の役割を果たすことになります。(『ホビットの冒険』を読んでいなければわからない、ということはありません。ただ、読んでいたほうが『指輪物語』をより楽しめます)

 トールキンはそもそも学者です。それもオックスフォード(だったと思う)の言語学・伝承学の大家でした。(ちなみに、『ナルニア〜』の作者とは同僚で、とても仲がよかったようです)
 ともあれ、幼いころから言語学に特異な才能と興味を発揮したトールキンは、言語学的関心から『指輪物語』を構想し始めます。つまり、自分の創り出した言語(エルフ語)を使える舞台として『指輪物語』を考えたのです。
 ところが、書けば書くほどにその物語は拡大を続け、ついには世界をまるごとひとつ(あるいはそれ以上)創造することになりました。トールキン自身驚いたほど、その世界は広大なものとなったのです。

 この世界について、あるいはストーリーについて、ここでは述べません。読んだ事のない人にネタばれしてしまうのは申し訳ないですから。それに、多くの著作が、トールキンと彼の創造した世界の研究書として出版されていますし。だいたい、これほどの世界を簡潔にまとめるなんて不可能ですが。

 ただ、言えることは、この世界にはその後に出版され、あるいは様々な形で表現されたファンタジーのすべての基礎が有る、ということです。エルフ、ドワーフ、ホビット、エント、人間、オーク、ゴブリン、トロル、魔法使い、騎士、戦士、美しい姫、賢者、庭師、農夫、鍛冶、船大工、そして、暗黒の塔の主にして指輪の正当な所有者……。

 ちりばめられた美しい詩、神話に代表される奥深い世界観、かつて地上に存在したことのない無数の言葉、鮮やかに描き出される世界、数多くの出会い、別れ、喜び、悲しみ、愚行と希望、それらが魅力的な登場人物達と共に目の前で動き出し、ゆっくりと渦巻きながら読み手を物語の世界の奥深くへと誘ってゆきます。
 そしてその色彩の渦の中心で全てを見つめ続ける、ひとつの指輪。

 瀬田貞二さんの訳も、実にすばらしいものです。
 塩野は『指輪物語』を読んで以来、ずうっとこの世界にハマりっぱなしです。

 評論社から出ている旧版『指輪物語』の文庫本(全六冊)、新版のハードカバー、新版の文庫本、全三巻の大型愛蔵版(なんとB5で、床が抜けそうなほど)、『指輪物語』の世界の創世から書かれた神話『シルマリルの物語』(上・下)、『トールキン小品集』、『ホビットの冒険』、そして『THE LORD OF THE RINGS』(原書。三部作。Grafton版)、『THE HOBBIT』(ホビットの冒険の原書。Grafton版)、ほかに研究書も二、三冊……。

 ああ、ところで、誰かイギリスあるいはアメリカかカナダに出かける、あるいは住んでる人!
 ぜひ『シルマリルの物語』の原書、『シルマリルリオン(The Silmarillion)』を買って送って!!ペーパーバックでかまわないから、お願い!!(田舎じゃあなかなか手に入らないうえに、ネットで買うのも不安だし……)

 ともあれ、まだ読んだことのない人、絶対に読んで損はないです!!
 ファンタジー好きも、嫌いも、ぜひ一読を!


『不思議の国のアリス』

ルイス・キャロル/角川文庫クラシックス(福島正実 訳)/福音館書店

 もしも、あなたが気持ちのいい草原に横になって、やさしい風を感じながらけだるい時間を過ごしているその時、あなたの目の前をチョッキを着たウサギが走っていったら、どうしますか?
 そのウサギがチョッキのポケットから懐中時計をとりだして時間を確かめ、「ああ、ああ、遅れてしまう!」といって駆け去って行ったら?
 アリスという女の子はとても好奇心の強い娘でした。なので、ウサギを追いかけることにしたのです。ウサギを追いかけて、ウサギ穴に飛び込んだアリス。
 そして、アリスはそこで世にも奇妙な経験をするのです。

 溢れだすイマジネーション、グロテスクな程の人間心理をのぞかせるナンセンス、どんな端役でも唖然とするほど魅力的なキャラクターたち。
 この本こそ、近代児童文学の金字塔と言えましょう。

 チェシャ猫、きちがい帽子屋、三月ウサギ、トランプの兵士たち、ドードー鳥、醜い公爵夫人、水タバコを吸う芋虫、グリフォン、ニセ海亀、ハートの女王……。
 まだまだ、一癖二癖ある多くのキャラクターたちが次から次へとあらわれて、不条理で、奔放で、奇怪で、そして魅力的な世界を形作っていきます。
 其処個々に潜ませたユーモア、皮肉、駄洒落、詩。
 言葉がこれほど自由で、これほど楽しいモノなのかということを改めて教えられます。

 作者のルイス・キャロルは、変人の数学者です。
(まあ、真の数学者は多かれ少なかれ変人ですけど)
 彼はオックスフォードで数学を研究する生活を一生続けました。もちろん、独身のまま逝ったのです。病的なまでの偏執狂で、毎日を完璧にスケジュールどおりこなし、女性への関心は十才以下に限られたと言います。(それ以上の女性には言葉をかけられなかったともいわれます)

 そのキャロルの大切な友だちが、学寮長リデル博士の三人の娘たちでした。
 三姉妹の真ん中、九才のアリス・リデルにせがまれて即興的につくった物語、それをアリスにせがまれるままきちんと書き起こしたところ、ジョージ・マクドナルド(「あの」マクドナルドです)の目にとまり、出版されました。これが『不思議の国のアリス』です。

 それが、どれほどの反響を起こしたかはここでは書きませんが、ただ、英国文学は、シェークスピア、マザーグース、不思議の国のアリスに代表される、と書けばそれが全てを語っているでしょう。

 ちなみに、アリス・リデルが十三才のとき、キャロルは結婚を申し込んでいます。もちろん両親により拒否されましたが。天才や、芸術的な作品は、多かれ少なかれ特殊な環境や人格により生み出されるのだろうかと、ついついそんな気がしてしまいまうエピソードです。

 さて、この『不思議の国のアリス』には、多数の翻訳が存在します。
 現在最も簡単に入手できるのは、はじめに挙げた角川文庫版と福音館書店のハードカバーでしょう。わたしは、福音館書店のものをお薦めしますが、もちろん角川文庫のものが悪いわけではありません。角川文庫版は値段も安く(340\)、福島正実さんの訳も良いものです。

 ただ、それでも福音館書店のモノをお薦めするのは、こちらの訳がわたし好みなのと、初期の(つまり英国での初版本の)挿し絵が載っているからです。単純に趣味の問題ですから、どちらでも構いません。

 とにかく、読んだことがない方は、ぜひ一度読んでみてください!

(ちなみに、続編とでもいうべき『鏡の国のアリス』も傑作です。こちらは、やや評価が低いのが残念なところですが。まあ、『不思議の国のアリス』のまえではやや影が薄くなるのはやむをえないところでしょうか)

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