『閉じられた森』


5、



  ―――街に戻って、登録所に立ち寄ったユアンは、受付担当者に、小さな布袋を手渡された。アイラに出発前に「ユアンがこの街に戻ったら渡して欲しい」と預けられたものだという。
 受け取って中をのぞくと、そこには往復分の依頼料が入っていた。
 ユアンはそれを握り締めたまま、しばらくカウンターの前に立ち尽くしていた。脳裏に「……ほんとに、片道でいいんです」と言った、アイラの少し困ったような顔が浮かんだ。
 ―――本当に、最初から最後まで、あの子は生きて帰る気がなかったのだ……。
 森への道中で、生きて帰ることの無い道を歩きながら……自分と喋りながら……あの少女は何を思っていたのだろう。
「俺は……死ぬ覚悟を決めた人間を、その死に場所まで『護衛』したってことか……」
 そんな護衛もあるということを、5年目にして初めて経験することになろうとは……。護衛の依頼をしてくるのは、いつでも命が惜しい人間だろうと思っていた。それが普通であり、当然だったのだ。
 つい2日前までは……。

 レバンの森は、人ひとり入れない封印された森となった。
 もう誰にも邪魔されない、それはふたりの姉妹の聖地となったのだ。
 そして、それを知るのは、この世でただひとりだった。
「……あの森で、今度こそふたりで幸せになってるんだろう……?」
「……あ?何か言ったか、ユアン?」
 受付担当者が、立ち尽くすユアンに話しかけてきた。
「いや、なんでもない……なあ、ここらへんで、一番きれいな花を売る花屋を教えてくれないか」

 アイラの移り香がかすかに残る布袋を懐にしまうと、ユアンは花屋に向かって歩き出した。
 受け取った往復依頼料の復路分で、一番大きくて一番きれいな花束を買うために。
 そして、森を眺められる小高い丘で、ふたりの姉妹にそれを捧げるために―――。



 ――それ以来、レバンの森の化け物は、二度と現れなかったという。



 ……それは、ひとりの若者にとって生涯忘れられない、美しく儚い依頼人のお話……。





〜End〜




「The Bookmarker's Bay」の蔡子さんより頂きました!
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蔡子 All right reserved.

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