ミルク色の霧があたりをつつんでいた。
 おれは楡の木陰に座り込んで、縹渺たる世界を見ていた。
 遠くで、ゴーン、ゴーンと鐘の音が響き渡る。
 高く、低く、その音色がひろがってゆく度に、世界はゆっくりと色を変えた。

 おれの目の前を、影が通り過ぎてゆく。
 黒の長衣を纏い、戸板を担ぐ六つの影。
 戸板のうえには、無造作におかれた死者の亡骸。
 ゆっくり、ゆっくりと、目の前を影たちは歩み過ぎてゆく。
 その後には、またしても影の列がつづく。
 男とも、女ともつかない、黒衣の参列者たち。
 ゆっくり、ゆっくりと、まるで滑るようにすすんでゆく。

 遠くの教会の鐘の音が、楡の木の葉をそよがせる。
 延々と続いた葬列は、おれの目の前を過ぎ去ろうとしていた。
 葬列の最後のひとりが、黒衣の端から手を差しのべて、手招きした。
 透き通るように白く、骨と皮ばかりで出来ているような手で。
 おれは立ち上がり、その影の差し招くままに、葬列の最後尾に並んだ。

 氷砂糖をつみあげたような奇妙な教会を通り過ぎ、葬列は若草色の小高い丘の上で歩みを止めた。
 そこには、ちょうど戸板が収まるくらいの穴が掘られていた。
 紫色の長衣を纏った影が、墓守に合図をすると、戸板は静かに墓穴の中へと降りていった。
 すすり泣きはおろか、鳥の鳴き声ひとつしない。
 どこまでも静寂につつまれて、黒衣の衣擦れの音が微かに響く。
 紫色の影がふたたび合図をすると、参列者が順々に土塊をつかみ、墓穴の中へと投げこんでゆく。
 おれの番がきて、一掴みの土塊を墓穴へ投げ入れた。
 死者の骸は、大部分が土に覆われていたものの、その顔ははっきり見えた。
 蒼ざめたその顔は、もちろんおれの顔だった。
 最後の参列者が土塊を投げ入れて、それで葬儀は終わりだった。
 あとは墓守が本格的に土をかぶせて、その上に白木の墓標でも建てるのだろう。
 参列者は、無言のまま、三々五々と散らばってゆく。
 おれは、墓穴の傍に立って、じっと死者の顔を見つめていた。

 遠くでふたたび鐘の音が聞こえはじめた。
 そよそよと微風がたち、ミルク色の霧を巻いた。
 おれのまわりの霧が、しだいに濃くなってくる。
 もう、死者の顔は見えない。
 微かな鐘の音が聞こえるだけで、霧はまるで白い布の──



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