赤々と燃えるようなネオンサインが、窓に映りこんでいた。
 数瞬の間、パッ、パッと部屋を赤く染めて、ふたたび闇が戻ってくる。
 しばらくすれば、また赤い光が部屋を満たすことになるのだが。
 近所の歓楽街から、流行歌の旋律と酔ったオトコの濁声が響いてくる。
 もう日付が変わったというのに、いつまでも騒々しさは終わらない。
 ふと窓の下を見ると、酔ったサラリーマンが徒党を組んで社歌をがなり立てている。端のひとりが道路に崩れ落ちたが、他の連中は気づきもしないで進んでゆく。

「……ねえ、アンタ寝ないの?」
 ベッドから、眠そうな女の声がした。
「ああ、おれはもう少し起きてるよ。これじゃあ眠れそうにないしな」
 女は、闇の中で微かに笑ったようだった。
「……そう、以外にセンサイなんだ」
 クスクス笑って、女は寝返りをうった。
 白いシーツがカラダに貼りついたようで、なんとも優美な曲線を描いている。
 おれは、女の背中を見つめてそっと呟いた。
「……おれは寝ないんじゃなく、眠れないんだけどな」

 医者は、原因は不明だと言った。
 どこか開き直ったような言い方に微笑をさそわれたものだ。
 世界でもマレな病気だが、前例がないわけでもないらしい。
 夜がきて、朝が来て、また夜がきて、朝が来る。
 けれども、おれは眠気というものを感じない。
 横になって、目を閉じても眠ることはない。
 二十五年間、生まれてこのかた眠ったことはないのだ。
 生まれてからずっとそうなのだから、後天的なもの、精神的なものでないことは明らかだ。

 おれは窓の外を見つめて、軽いため息をもらした。
 原色のネオンがのたうち回る歓楽街の宵。
 いつまでも眠らない街。けれど、明け方にはこの街の喧噪も一段落して、浅い眠りに落ちることになる。
 おれには、その浅い眠りさえあたえられない。
 振り返って、女の背中を見つめた。
 窓からネオンの明かりが射し込むたびに、女の背中も赤や青に色を変える。
 けれど、そのなだらかな艶めかしさは変えようもない。
 おれはそっと女の傍にすわって、後れ毛を玩んだ。
 くすぐったいのか、女は、「んぅ……」とおかしな声を出して、モゾモゾと位置を変える。
 その姿が何とも可笑しくて、おれは口許に微笑をうかべ──



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