微笑をうかべた老婆は、おれの頼みを聞いてくれた。
 われながら何とも間の抜けた頼み事だとは思うのだが。

「それじゃあ、それをアンタに飲ませりゃいいんだね?」
 おれは苦笑しつつ、うなずいた。
「そりゃまあ、カネさえくれるなら、冥府の主の足に口づけすることだって構わないけど、ねぇ。アンタ、変わってるよ。ホントに飲もうってのかい?」
 老婆は、装飾過剰な手をおれの頬にあてて、そっとさすった。
 腕が動くたびに、貴金属の装飾がジャラジャラと安っぽい音をたてる。
「勿体ないハナシだねぇ。こんないいオトコがさぁ。アタシがもう四十も若けりゃ、どんな手を使っても思いとどまらせるトコロだよ……」
 そう言って、恥ずかしくなったのか、老婆はヒヒヒとおかしな笑い声をたてた。

 老婆に小瓶を渡すと、彼女はじっとそれを見つめた。
 皺の中に半ば埋まったような目をショボショボさせて、それからこういった。
「この小瓶の中身を、全部アンタに飲ませりゃいいんだね?」
 おれがうなずくと、老婆は念を押した。
「ホントに後悔しないね?聞いた話じゃ、一度飲み終えるともう吐き出そうと、何をしようと効果はないそうだよ。ヘベノンみたいに、即効性のクスリだよ」
 おれはふたたびうなずいた。
「そうかい。それじゃ、横になって、ここにアタマを乗せな」
 そう言って、老婆は自らの脚を指し示した。
「最後の瞬間まで、アタシがしっかり抱いててやるからね」
 おれは、老婆の脚にアタマを乗せた。
 奇妙な香草くささがツンと鼻をつく。
 上から老婆が覗き込んで、言った。
「それじゃ、口をお開け」
 老婆は小瓶のふたをポンと開けると、確かめるように二三度小瓶を振った。
「いいかい?」
 おれはうなずくと、口をあけた。
 小瓶から闇色の液体がゆっくり流れ出し、おれの口のなかへと落ちてくる。
 それはおれの舌の上で、チリチリとした奇妙な感覚を起こして、喉の奥へ滑り落ちてゆく。

「……終わったよ」
 老婆が、静かに告げた。
 けれども、その瞬間におれの姿は掻き消えて、老婆の脚の上にはまだぬくもりの残る抜け殻だけが残されていた。
「行ったね……」
 呟いて着物の端をギュッと握りしめた老婆は、しわのよった眦に涙を──



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