『閉じられた森』


3、



そして、朝。
 とうとうふたりは森に足を踏み入れた。
 ユアンの緊張は、出発して以来、最高潮に達していた。ここから先は、何が起こるかわからない。一瞬の油断も命取りになるかもしれない。
 森に入ると、さっそく巨大バチの大群や、大山猫の奇襲にあったが、ユアンはその度に撃退し、護衛としての任務を果たした。
 数十分後、樹の間を縫うように慎重に歩きながら、ユアンはとうとうアイラに訊ねた。
「……そろそろ、もう少し詳しく教えてくれないか。森は広くて深い。あんたは森の中が目的だと言ったが、いったい何をしにいくんだ?護衛としても、ある程度目的を把握してないと、より安全な道に誘導しようがないし、第一こころもとない。この森は凶悪な化け物がいるという話だし、せめて、おおまかな目的だけでも教えてほしいんだ。あんたを守るためにもね」
 アイラは一瞬困ったような顔をしたが、しばらくして、ゆっくりと口を開いた。
「……私は、妹に会いここにに来たんです」
「え?……こんな危険な森に、妹さんがいるのか?」
「はい。妹も、私を待ってるんです」
 意外な言葉に、ユアンは思案にくれた。ここで妹と待ち合わせをしているのか?なぜこんなところで?ということは、アイラの妹も、誰かしら護衛をつれて、ここに向かっているということなのだろうか。
 すると、やがて視界がひらけて、小さな池が目の前に広がった。
 うっそうとした森の中できらめく水面は、それだけで神秘的であった。
「ユアンさん」
 アイラが、声をかけてきた。
「?」
「ここで結構です。ありがとうございました」
「え?結構ですって……」
「ここからは、私ひとりでいきます。どうかユアンさんは戻ってください」
 依頼人の突然の申し出に、ユアンは困惑した。
「何言ってるんだ、往復の契約だったじゃないか。こんな場所でひとりなんて無茶だ。いったいどうしたっていうんだ?」
 ユアンの反応を予想していたのだろう、それでもアイラは意を決したように、
「ごめんなさい、あなたをだますようなかたちになってしまって。往復を承諾したのは、そうしないとあなたが引き受けてくれないと思ったから。でも、もとから私は片道だけお願いするつもりだったんです」
「……どうしてだ?」
 眉をひそめて、ユアンは訊ねるしかなかった。アイラの意図が全く把握できない。なぜそこまでして……?
「私は妹と会うから大丈夫です。心配なさらないで、どうか戻ってください」
「そんな理由じゃ、あんたをひとりで置いて行くわけにはいかない。せめて、あんたの妹さんが来て、安全を確認してからだ」
「いいえ!それじゃ、遅すぎるんです」
「え?」
 わけがわからず、ユアンがまばたきをしたとき。
「……?」
 急に、風が止まった。池に描き出されていた風の波紋が、ふいに消えていった。
 かさり、と、何かが池の向こうの茂みで動いた。
「下がって!」
 ユアンは剣の柄に手をかけ、アイラの前に進み出た。
 ……何か、いる。
 茂みを射るように見据えていたユアンの目に移ったのは……。
(……人間……?)
 愛らしいひとりの少女が、茂みの奥からこちらにゆっくりと歩いてくる姿だった。うすいピンクがかった長いドレスを着て、そのシルエットが一層その姿を細く見せていた。

「……お姉ちゃん、来てくれたのね……」

 アイラと同じ栗色の髪を揺らして、色白の少女は静かに微笑んだ。その表情は、アイラの笑った顔に良く似ていた。
 絶句しているユアンの後ろで、アイラが唇を振るわせながら、ぽつりとつぶやいた。

「リエル……」



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