『店の名はノスタルジア』(2nd Edition)



 彼女の父親は、よく言えば昔気質の人間で、だからオンナは大学など行かなくてもよい、というひとだった。けれど、息子が私立の大学へ通うことは、あっさり承諾する、そんな人だった。
 彼女はそんな父親と対立して、結局ウチを飛び出した。
 そして彼女が大学へ入ったときは、学生運動の最盛期だった。
 学生運動といわれるもの、それは一種の流行だったのかもしれない。
 全国各地の大学に飛び火して、日本全体が騒然としていたころ。
 学校中に横断幕と張り紙があふれかえっていて、講義などあってなきが如しだった。
 新左翼、セクト、社会変革、安保闘争。
 既成の革新政党など排除せよ──。
 そこら中でアジ演説が繰り広げられ、奇妙なほどの活気があたりをおおっていた。
 そんな雰囲気にはじめは戸惑った彼女も、次第にそんな光景にも慣れてきた、そのころに、彼に出会った。
 彼は彼女を誘い、彼女は学生運動のただなかへと引き込まれていった。
 彼女には、新マルクス主義も、レーニンも、階級闘争も、革命も、どうでもよかった。
 ただ、彼といっしょにいたかった。
 そのためには、闘士然とするしかなかった。

 安保、反対!安保、粉砕──!
 繰り返される、意味のないかけ声と、叫び声。
 隣り合う者と肩を組み、スクラムを組んで街中を走り回った。
 それはまるで、巨大なムカデが通りをうねっているようだった。
 彼女はその細胞のひとつで、彼もまた細胞のひとつだった。
 怒号と悲鳴が交錯し、権力者の手先たちがジュラルミンの盾で彼らを薙ぎ払った。
 放水、火炎瓶、投石、催涙ガス、威嚇射撃──。
 顔を布で覆い、アタマには悪趣味な色のヘルメットをかぶって。
 汗くささ、ひといきれ、あふれだすアドレナリン。
 飲み込むツバは鉄の味がした。

 それは、祭りだったのかもしれない。
 本当に革命を求めた人々の社会運動だったのか、今となってはわからない。
 ただ、彼女は楽しかったと思う。
 死者さえでたあの頃が、異常に熱かったあの頃の日々が、意味もなく興奮して、楽しかったと。
 だから、まるでお祭りの日々のようだったと。
 人にもまれ、彼の背中を追いかけて、ただがむしゃらだった日々。
 けれど、祭りはいつか終わる。
 六十年代が終わる頃、彼らの祭りもまた終わった。

BACK  NEXT