結び、
「──だから今でも、冬の女神は北の果てで、立ち並ぶ氷のお墓の前にいるんだよ。この世界が終わる時まで、エルとオオウミガラスと一緒に……」
少年は、老人のお話をベッドに横になって聞き終えた。
老人が話し終えて少年を見ると、少年は幼さの残る大きな目に涙をたたえて老人の顔を見つめていた。
「坊や、どうして泣いているんだい……?」
けれども少年は何も答えず、ただ首を振った。少年には今の想いを語るだけの言葉がなかった。ただ、理由もわからないままに、涙があふれた。
老人は少年のベッドのかたわらで、そっと少年の涙を拭った。
「……なあ、坊や。名前をもたない三人の大神が、冬の女神にもうひとつの名前を与えたことを、覚えているかな?」
少年はだまってうなずいた。
「……長い長い時がすぎて世界に終わりが来るとき、冬の女神はもうひとつの名前を明らかにすると言われているんだよ。その時、年とった世界は生まれ変わり、世界は喜びに満たされて、四つの季節は同じ長さになり、氷の柱に閉じこめられた人たちも救われて、女神ワイは笑顔を取り戻すと言われている」
老人の言葉に、少年の涙は止まった。
「じいちゃん、ホントに?」
「ああ、もちろん本当だとも。その時には、冬の女神の哀しみは癒されて、エルとオオウミガラスといっしょに緑なす大地で命の歌をうたうと言われているそうだ」
「じゃあ、みんなしあわせになるんだね?」
老人は、少年の頭をそっと撫でながら言った。
「ああ、そうとも。きっと、みんな幸せになるのさ」
「うん」
嬉しそうに微笑む少年に、老人もまた微笑を浮かべた。
「さ、もう寝なきゃだめだ。灯りを消すよ」
そういって、老人は机に置かれたランプをとりあげ、フッと息を吹きかけた。たちまち部屋は闇に包まれ、隣室の暖炉の灯りが扉から漏れてくる。
少年は、立ち上がる老人に言った。
「じいちゃん……おやすみ」
闇の中で、老人の表情ははっきりしなかったが、しかし少年には微笑んでいるように思えた。静かに老人が言った。
「……ああ、おやすみ」
それから老人は扉をしめて、少年の部屋には沈黙が訪れた。 窓の外では冬風がごうごうと唸りをあげ、窓は風に答えてガタガタと鳴っている。
こんな夜、いつもなら少年は老人に、怖いから一緒に寝て欲しいとせがむのだが、今夜は不思議と怖くなかった。理由はよくわからなかったが、少年には今夜の風の唸りはやさしいものに思えた。
そして少年は、静かな寝息をもらしはじめた。
<了>
|